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そして今でも

こんばんは。
またまたご無沙汰していたニコタンです。


さて、近況でも書こうかしら。
更新がないので、何となく想像できていた方もいらっしゃるとは思いますが、先週、母方の祖母が亡くなりました。特に苦しむ事もなく、穏やかな最後でしたので、寂しいけれど、それはそれで良かったなと思います。


こんな事を書くと、死者を冒涜している印象を受ける方がいるかもしれませんが、お葬式は自宅の祖母が亡くなった時と同じく、悲しくもあり、10年ぶりに会う親戚もいて楽しくもありました。
激太りして高木ブーそっくりになっていたお兄ちゃん、激痩せして私に「え?Sくん?痩せたね?ガン?」と言われたいとこ。(←中学時代、相撲部屋にマジでスカウトされた)16歳も若い嫁さんをもらったお兄ちゃんなんか、Vシネマ?って感じの風貌になっていました。親戚の子に「○○兄ちゃんって、どの人だっけ?」と尋ねられたので、「ほら、あそこに座っているVシネマがそうだよ」と教えてあげると、「クッ!」と唇を噛み締めて、うつむき、笑いを堪えていました。


葬儀はなるべく身内だけで、本当にこじんまりと出そうという事になっていたので、ウチの近所の親戚などには祖母が亡くなったという事は伏せていました。我が家は漁師町にあるので、「誰それ?」という遠い親戚でも仁義事は欠かさないんですが、今回はひっそりと行うという事になっていたので緘口令が敷かれていました。
弟が帰省したんですが、近所の人に弟の姿を見られたら、「もしや○○さん(ウチのママ)のお母さんが!?」と言う噂が流れて、香典がバンバン持ってこられるのがわかっていたので、弟は近所の人に姿を見られないように
【自販機禁止令】、つまり近所をうろつく事を禁止令が出されました。


あまり葬儀には人が来ないであろう事はわかっていたんですが、私には、この機会を逃すと二度と姿を見れないであろう人が出席する事を密かに期待していました。
その人とは母の兄さんの奥さんのお兄さん。
つまり、私からしたら赤の他人。私はその人が今も変わらず元気にしているのか、非常に気になっていました。
そこまで私の心をノックする、そのおじさんとは・・・、実はヅラ。
祖父の葬儀の時に初めて会ったんですが、それから10余年、変わらずヅラを被っているのか、私は気になっていましてね。
お通夜の時には現れなかったので、ちょっと寂しく思っていたら、葬儀の時、来てくれまして。いや~、おじちゃんもですが、ヅラも健在でしたので、思わずニヤリとしました。


亡くなったおばあちゃん、98歳でした。
戦争を生き抜き、苦労も多かったとは思いますが、子供5人、孫13人、ひ孫が21人と大家族に恵まれ、穏やかに晩年は過ごせたと思います。心臓にペースメーカーを入れていましたが、それ以外は特に大きな病気もなく、ただ年齢が年齢だったので天寿を全うしたと言えるでしょう。
孫の中では何故か私の事を一番気にかけていたらしく(結婚もしないでブラブラしているからか?)お見舞いに行った時はいつも「怪我せんごと、事故せんごと、風邪引かんごと、病気せんごと」と言われていました。
(「~せんごと」というのは「~しないようにね」という方言です)
いつも私の事を心配しすぎるくらい心配してくれていたおばあちゃん。
本当にありがとう。私は社会の歯車として、イチ会社員として働いているけど、結婚してはいないから、きっとその事が心配だったと思います。私は残念ながら孫の顔は見せてあげられなかったけど、弟には3人も子供がいるから、チャラって事にしといてね。
100歳までは余裕!と誰もが思っていたけど、最後の日と言うのは案外あっけなくやってきました。ひ孫の中で一番年上であるYくん(22歳)も「玄孫(ヤシャゴ)を見せてあげられなくて、ごめんね」と言っていました。
一ヶ月前は元気だったけど、「長く生きるのも、きつかばい」と、たまに弱音を吐いていたおばあちゃんに、「ばあちゃんはまだまだ元気だし、大丈夫よ。このまま長生きして、玄孫の顔を見るまで頑張らんね~」と励ましていました。実際、私もそれくらいは余裕と思っていたから、こんなに早くお別れするとは思っていませんでした。
「もう、今日か明日か」と言われて、名古屋からおばちゃんが飛んで来たけど、それから一週間も頑張ったね~。
亡くなる3日前、「誰が来たかわかる?」と尋ねたら、「ニコちゃん」と言ってにっこり笑ってくれたね~。あれが最後に私に話しかけてくれた事になるなんて思っていなかったよ。
気落ちさせちゃいけないと思って、我が家のおばあちゃんが亡くなった事はずっと黙っていて、お見舞いに行く度に「(自宅の)おばあさんは?」と訊くもんだから、「元気にしてるよ」とか、「今日はショートステイに行ってる」とか大嘘ばかりついてきたから、あっちでウチのおばあちゃんと会ってビックリしたよね。家族ぐるみで嘘ついてたし、弟の子供達にも嘘を強要してたもんね。
決して怒らず、いつもやさしくしてくれて、時々お小遣いもありがとう。
長い間、お疲れ様でした。私はおばあちゃんみたいに立派な人にはなれないと思うけど、人生、悔いなく生きようと思うよ。
だからどこかで見守っていてね。


今日のi-Podシャッフル一曲目:
星の散歩 / 小野リサ

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コメント
この記事へのコメント
98年(!)の天寿を全うされたとはいえ、やはりお別れは読んでいて温かくも切なかったです。
…心よりご冥福をお祈りします。
2007/05/01(火) 13:13:10 | URL | じゅ #-[ 編集]
じゅ様:
ありがとうございます。
お葬式と言うのは、親戚一同が集まるので、
楽しくもあったんですが、やはりお別れは寂しいもんですね。
全体的に見て、「よか葬式やった」とはいえます。
余談ですが、一週間、名古屋の伯母がいたので、
名古屋弁にも慣れました(笑)
2007/05/01(火) 13:51:00 | URL | nico #-[ 編集]
自分の先祖の人生の最後の1周を見届けるのって、子孫のすごく大事な役目だなって最近思うようになりました。

ご冥福をお祈りいたします。
2007/05/02(水) 01:33:09 | URL | 九州人 #YqzQT8Bs[ 編集]
読んでいてしんみりしました。
亡くなったおばあちゃんは、とても家族に愛されていた方だったと思います。ご冥福をお祈りします。
2007/05/02(水) 23:03:12 | URL | ガチャピン #GCA3nAmE[ 編集]
九州人様:
ありがとうございます。
見送るのも家族の役目でもあるんですよね。
寿命と言うものはどうしようもないと、わかっては
いますが、やっぱり寂しいものですね。
2007/05/03(木) 00:17:30 | URL | nico #-[ 編集]
ガチャピン様:
ありがとうございます。
そうですね、一緒に住んでいなかったから、
私も良いトコしか見ていなかったのかもしれませんが、
本当に暖かい人柄で優しい人でした。
人を悪く言う事なんて、絶対にありませんでした。
自慢の祖母でしたよ。
それに比べて私ときたら・・・って気もします(苦笑)
2007/05/03(木) 00:23:51 | URL | nico #-[ 編集]
nicoさん、今日は、この度は本当に、ご愁傷様でした。
謹んで、大往生のおばあさまの、ご冥福をお祈り致します。 
nicoさん、早くお元気になられますように。
2007/05/04(金) 14:40:07 | URL | がん #yTZcOqzk[ 編集]
がん様:
ありがとうございます。
私は元気にゴロゴロしています。
2007/05/05(土) 00:52:00 | URL | nico #-[ 編集]
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